カーメル ワイナリー
( Carmel winery )
カーメルワイナリーのセラー

イスラエルの歴史的ワイナリーとしての歩み

カーメルワイナリーの歴史は、イスラエルワインの歴史そのものと言われるほど、19世紀の何もなかった時代から今日のイスラエルワインの盛況に至るまで、遙か夢見たイスラエルワインの展望とその実現に向けたたゆまぬ努力の過程そのものと言えます。

その歴史は、1882年に最初のユダヤ人移住者達がエドモンド・ドゥ・ロスチャイルド男爵に援助を依頼したことから始まります。当時、イスラエルの国土は荒廃していて、移住者達の生活はとても貧しく困難なものだったのです。フランス・ボルドーの有名なシャトー・ラフィットのオーナーでもあったエドモンド・ドゥ・ロスチャイルド男爵は慈善家としても知られていたんですね。


エルサレム近郊

    エルサレム近郊の現在の風景
第一次世界大戦が終わる近年まで 400年に渡って
オスマン帝国(イスラム教)に支配されていた時
期があり、ユダヤ人はトルコ人の地主から荒れ果
てた荒野を買っては開墾していったそうです。


何がイスラエルの成長に向いているのか調査するため、男爵がイスラエルへ送り込んだ代理人達が、『イスラエルの気候がボルドーの気候に似ていて、ワイン生産の為のブドウ園の開拓が向いている』と男爵に報告したことが転機となります。

そして男爵の指示に従い、1889年にリション・レジオンに、18891年にはジフロン・ヤーコブにそれぞれワイナリーが開拓されます。これらの膨大な開拓プロジェクトの一環として、6つの巨大な地下セラーが造られたのもこの頃ですし、最初のイスラエル移住の大きなうねりとしてイスラエルに到着した移住者達により、イスラエルにおける最初の共同体が設立されたのもこの頃です。
アリヤーと呼ばれる、ユダヤ人のイスラエル移住運動がこの後も続くのですが、彼らの生活のほとんどがブドウ園でのブドウ作りやワインの生産に依存していたんですね。

さてこのリション・レジオンとジフロン・ヤーコブの2つのワイナリーは、それ以来、オスマン帝国の支配下でも、イギリスの委任統治時代やその後のイスラエル国家建設の時代においても、2つの大戦やイスラエル地域に関わる幾つもの戦争を乗り越えて、一度といえども途絶えることなく、ワインを造り続けているのです。


カーメルワイナリー


1906年にはワイン生産者共同体とワイナリー経営者が共同で活動するようになり、ブドウ生産活動に見られる入植地にも似た活動が始まります。そして1957年には所有権がワイン生産者共同体に移管されるのですが、その後もカーメルワイナリーは成長を続け、ここで生産されるワインは、イスラエルワインの歴史の重要な節目に大事な役割を果たし続けていくのです。


2000年からの大々的な投資

最先端の近代的な設備がジフロン・ヤーコブ ワイナリーに投入され、男爵の時代に造られた大規模地下セラーや歴史的な建造物と共に、オールドワールドとニューワールドが融合したスタイルのワイン造りが続けられています。


カーメルのワイン

世界中から賞賛され続ける品質へのこだわり

カーメルのワインは世界各地で様々な賞を獲得し続けていますが、この10年程の間で最も特筆すべき賞は、2010年に、シラーズ・カヨウミ 2006がワインの世界のオスカーとも称される、デキャンター(*)の最優秀賞を獲得したことでしょう。
カーメルのシラーズがこの賞を受賞したことはセンセーショナルな出来事で、イスラエルワインが世界のワインの最高レベルに達したことの証となって、その後のイスラエルワインの活躍に繋がっていくのです。

*デキャンター: ワインの世界で世界的権威とされる
         イギリスのワイン雑誌。



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